吹き荒れるトランプ旋風 – 手嶋龍一のグローバルアイ33
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「もしトラ」――ドナルド・トランプが再び政権に返り咲けば、という造語なのだろう。メディアでも盛んに使われている。年末の流行語大賞の選考ではきっと有力候補になるにちがいない。だが「もしトラ」は、現下の国際政局を正確に言い表した言葉とは言えない。「もしトラ」は、英文法でいう「仮定法」だが、現実は「現在完了形」の現象なのである。トランプ旋風は既に私たちの眼前で吹き荒れており、その意味では「いまトラ」と表現すべきだろう。
11月5日の本選挙を待たずに、現職のバイデン大統領は、トランプ前大統領の挑戦を受けて、政策の舵を切らされつつある。日本製鉄は2023年暮れ、総額2兆円を投じて米国の名門USスチールを買収する意向を明らかにした。だが、トランプ氏は「私なら即座にやめさせる」と反対を表明し、全米鉄鋼労組も日本への身売りに異を唱えてトランプ陣営に同調した。
アメリカの製鉄業は、主にペンシルバニア州に主力工場を置いて米国の資本主義を牽引してきた。だが、重厚長大の産業群は、日、中、印の鉄鋼メーカーの攻勢で衰退し、“ラストベルト”の象徴になってしまった。それだけにプア・ホワイトと呼ばれる白人の労働者たちは、現状に不満を募らせ、激戦州の勝敗のカギを握っている。こうなれば現職のバイデン大統領も産業の保護に動かざるを得ない。
「USスチールこそ1世紀を超えて象徴的な鉄鋼企業であり、国内で所有され、運営され続ける米企業であるべきだ」
トランプ陣営が掲げる「アメリカ・ファースト」に対抗せざるを得なくなってしまったのである。本選挙を前に“トランプという名の妖怪”が全米を徘徊しているのである。トランプ旋風は同盟諸国にも容赦なく吹きつけ、欧州と日本は国防費の大幅増額を迫られ、更なるウクライナ支援に駆り出されようとしている。「アメリカ・ファースト」の嵐は、米国の衰弱を物語っているのだが、日欧の同盟国諸国は、抗う術もなく立ち竦んでいるように見える。