生きていること自体が素晴らしい – わたしのクローバー
三濱かずゑ(臨床心理士・天理教教養室(修養科)世話掛)
1975年生まれ
一周回って今
「いきいき通信」に初めてエッセーを書かせていただいたのは、今からちょうど4年前、北京オリンピックの期間中でした。
翌年からの連載の依頼があったとき、「全然いきいきしてないのに…」とダメ出ししてきた次女は大学生になり、通学電車の中で、スマホで「わたしのクローバー」を読むのを楽しみにしてくれています。そして、「他の人のエッセーは、めざましテレビに出てきそうな心がほっこりする話やけど、お母さんのは深夜のラジオで流れてそう」と、しきりに“多幸感メイク”を勧めてきます。
振り返れば連載が決まった当初、私は新型コロナの後遺症で心身の不調を来し、大きな暗闇の中にいました。天理教内では、3年半後に行われる「教祖140年祭」に向けての活動が始まったころでした。
その後、2カ月の入院を経て仕事に戻る報告をすると、当時の室長から「遅れを取り戻す必要はないと思います。苦しまれたこの経験が活きる場を、今後の年祭活動できっとお与えいただくことでしょう」と、温かい言葉をかけていただきました。
復帰後は、自分と家族の心身も労りながら、修養科生のお世話取りと、新たに始まった講習会と勉強会の企画運営に全力を注ぎました。
そして迎えた年祭の前後には、御用を通して出会った多くの方々と再会し、たくさんの喜びを頂きました。思いもよらない辛い出来事もありましたが、今後の糧として心に刻むことができました。
どんな経験にも必ず意味がある。そのことを自分の経験から、自分の言葉で伝えられる私になりました。
負うた子に教えられ
梅の香りが漂い始めた2月の半ば、ある日の夕食での出来事です。エッセーの原稿に頭を悩ませている私に、16歳の誕生日を迎えたばかりの三女が言いました。
「いつも神様に、願いが叶いますようにって祈っていたけど、普通に生きてること自体すんばらしいことなんだから。身の周りにある神様のご守護に気づけるような生き方をしていきたい、ってことじゃないかな」
そして、「幸せなことが起こるたびにね、生きてて良かったって思うんだ」と笑いました。
バンクーバーオリンピック期間中に重症仮死状態で産まれ、命のないところを奇跡的にたすけていただいた娘。「当たり前」や「普通」に込められた、神様のご守護のありがたさを、小さな成長の中にある喜びを、身をもって教えてくれたこの子に、またひとつ教えられました。
親元を離れた長女の席にはポータブルテレビが置かれ、ミラノ・コルティナオリンピックのダイジェストが流れていました。りくりゅうペアがグループ5アクセルラッソーリフトを決め、大逆転の金メダルに涙したこの早春もまた、どうしてもどうしても忘れられない、私の人生の大切な1ページになりました。
まだ始まったばかりの私の50代。これからどんな出会いがあり、何を学んでいくのか。なんでもないように見えて、実は色とりどりの日常を、ささやかな幸せを見つけながら楽しんで生きていきたいと思います。



