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Yちゃんと魔法の卵 – わたしのクローバー


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2026・6月号を見る

野口良江(天理教栄基布教所長夫人)
1977年生まれ

卵をゆでるたび、思い浮かぶ顔があります。それは、小さな手で一生懸命に殻をむく、かわいいけれどとっても真剣な、Yちゃんの横顔です。

幼いころ

Yちゃんが初めてうちに来たのは、私が腰痛で寝込んでいると聞いて、ママ友がお見舞いに来てくれた日のことでした。3歳になったばかりのYちゃんは、少し年上のうちの子たちともすぐに仲良くなり、以来、ママ友が忙しいときは、プレ幼稚園のような感覚で、うちで預かるようになりました。

いつも子供たちと楽しく過ごし、遊び疲れると私のベッドに潜り込んで、そのままお昼寝タイム。私は、久しぶりに添い寝をする幸せを味わわせてもらいました。そしていつの間にか、私のことを「ママ」と区別して、「おかーしゃん」と呼んでくれるようになっていました。

Yちゃんが小学生になったのは、ちょうどコロナ禍の年で、入学式の翌日から休校となりました。私もフレックス勤務になり、感染対策を施したうえで、ママ友と協力し合ってお互いに子供たちを預かりながら仕事をこなす日々が続きました。

本来ならピカピカのランドセルを背負って学校へ行き、たくさんのお友達といっしょに過ごしたであろうYちゃんの貴重な時間を、何とも言えない思いで見守りました。

ある日、「お手伝いするー」と言ってキッチンにやって来たYちゃん。「これ、得意だよー。家でもしてるから」と、それはそれは丁寧に根気よく、たくさんのゆで卵をむいてくれました。

イラスト・ふじたゆい

帰り際、「魔法をかけたから、帰ってから食べてね」と、一つだけお土産に持たせました。型に入れてかわいいキャラクターに変身した、その魔法の卵を、とても気に入ってくれたようで、それ以来、Yちゃんが遊びに来る日のわが家の夕飯は、ゆで卵いっぱいのポテトサラダが定番になりました。

成長した姿

この春、Yちゃんは小学校を卒業しました。頑張っていた音楽クラブの最後のコンサートに誘ってもらって、カメラ持参で駆けつけました。

演奏する姿に歌う姿、時折涙でぼやけてしまい、たくさんのシャッターチャンスを逃しました。けれど、最後の曲が近づいたとき、ファインダー越しにYちゃんと、しっかり目が合いました。指揮棒が上がる前のほんの一瞬、ニコッと微笑んでくれたのです。そして、その直後に見せた引き締まった顔と真剣なまなざしは、あの、ゆで卵をむいてくれたときの面影を残したままでした。

その日、選別しきれないほどに撮りすぎた写真を、Yちゃんも家族も、とても喜んでくれました。

それからしばらくして、中学生になったYちゃんのセーラー服姿の写真がママ友から届きました。その写真に、スマートフォンに残っている、桜の前で記念撮影をしたわが子たちのハレの日が重なります。今では成人した長女・長男と、高校生の次女の、はにかんだ、あどけない笑顔がそこにありました。

子供たちの成長に負けないように、私自身もまた一歩前に進みたいと思いつつ、Yちゃんへのお祝いメッセージを送りました。


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