おつとめには終わりのない成人の道がある – おやのことば・おやのこころ
2026年7月25日
おやのことば・おやのこころ このつとめで命の切換するのや。大切なつとめやで。
『稿本天理教教祖伝』第五章「たすけづとめ」
蝉しぐれが響き、入道雲が夏空いっぱいに広がっています。暑さに汗を拭いながら、おたすけに歩く日々です。
この春まで、月次祭のおつとめ奉仕を勤めてくださった94歳の男性がいます。誰よりも早く教会へ来ておつとめ衣に着替え、いつも笑顔で参拝者を迎えてくださる方でした。
ところが、春から体調を崩され、以来おさづけの取り次ぎに通わせていただいています。この日も冷たい飲み物を頂きながら、ゆっくり話をしました。
「いまの楽しみはな、『天理時報』を読むことや。読んどると、おぢば帰りをした気分になるんや」
そう話す姿に、長年おぢばを慕ってこられた心が表れているようでした。かつては毎日、自宅で十二下りのてをどりまなびを勤めておられましたが、いまは足腰が弱り、立ってお手を振ることができません。それでも、心の中で「みかぐらうた」を唱え、一日一日を通っておられるといいます。
そんな男性の口癖があります。
「わしは、まだまだ、お手が上手に振れなくてな」
そのひと言に、思わず胸を打たれるのです。教祖がお教えくださったおつとめを、生涯かけて勤め続け、それでもなお「まだまだ」と頭を下げる。おつとめには終わりのない成人の道があることを、あらためて教わる思いがします。
きょうも、朝夕のおつとめを誠真実の心で勤めさせていただきましょう。
(大西)









