クレジットカード紛失 – Well being 日々の暮らしを彩る 17
2026・5/27号を見る
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電車やバスに乗るときは交通系カードを利用する。パスケースに収め、バッグの外ポケットから出し入れする。いつものように家の近くのA駅まで戻り、改札に当てると、警告音とともにブロックされた。残高不足はあり得ない。自動でチャージされるはず。再度タッチを試みてパスケースが空とわかった。
とるものもとりあえず窓口へ。「すみません、カードを落としたようで」。乗った駅を申告し現金で支払う。拾得されたら知らせるので、氏名と電話番号を書くようにと。それは助かる。チャージされたばかりだったら惜しすぎる。
記入しながらハッと思い当たって血の気が引いた。自動でチャージされるのはクレジットカードを兼ねているから。拾ったカードでパソコンを買い、すぐ売って数十万円を得た詐偽のニュースがあったような。
慌てて帰宅し、カードが来たときの案内書を探してただちに電話。「止めました」。フーッと息をついた。再発行には五百何十円の費用がかかる、新しいカードが行くのに一週間から十日要するなどの説明を、半分上の空で聞く。止めてしまえばこっちのもの。五百何十円をよろこんで払いましょう、一週間でも二週間でも待ちましょう、という気持ち。
残高は新しいカードに引き継がれるそうで、これはうれしい。買い物などのポイントも引き継がれるといい、予想外のよろこび。ポイントのことまで頭になかったが、微々たる額であれ地道にためてきたものだ。消滅しないですむのは、ありがたい。「ちなみにクレジットカードの最後のご利用は、昨日A駅サイジ二百六十円となっています」と電話口の人。サイジ? 忙しく記憶をたどる。昨日なら自分のはずだ。催事か。昨日疲れてA駅に着いたとき、構内に出店していた和菓子の販売に、甘いものへの欲求を刺激され、二百六十円のどら焼きをやや高いなと思いつつ購入したのだった。
パソコンの数十万とはかなりの開きに力が抜けつつ、深く安堵。紛失早々ゴッソリ使われるという、最悪の事態にならずにすんだ。駅へは、拾得されてももう知らせなくていいと電話する。
それにしても、いつの間にか中身の落ちているパスケースは問題だ。新しいカードが来るまでに買い替えよう。
一週間でも二週間でもよろこんで待つつもりでいたけれど、交通系カードがないとやはり不便だ。券売機にコインを入れて、紙の切符を持つ経験を久しぶりにした。
ようやく来たカードはファスナーで閉めるパスケースに収める。もう紛失しないように。









