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「令和6年能登半島地震」は、石川県能登地方を中心に甚大な被害をもたらした。現在判明している死傷者数は1500人を超え、家屋の全・半壊、一部損壊などは約2万棟に上る。既報の通り、災害救援ひのきしん隊(=災救隊、橋本武長本部長)石川教区隊(忠谷眞一郎隊長)は、1月5日から初動救援として七尾市での給水支援などに着手。その後、災救隊本部隊が16日から被災地へ赴き、珠洲、輪島の両市の避難所で避難者の食事調理や運営サポートに従事している。28日から30日にかけては、本部隊の第4次隊が出動。珠洲、輪島、七尾の3市と志賀町で、避難者の食事調理や給水支援、教会の復興などに力を尽くした。
1月28日朝、七尾市へ向かう道中、静まり返った街に給水場所を知らせる放送が響く。道路には、至るところにひび割れができている。段差に注意しながら車を走らせ、同市崎山地区コミュニティセンターにたどり着いた。
同センターは、石川教区隊が七尾市水道局の要請を受け、5次にわたり給水支援を続けてきた現場。28日からは、石川教区隊の活動を引き継ぎ、本部隊と兵庫、群馬の両教区隊が出動した。
午前10時、本部隊と兵庫教区隊の隊員が給水車1台を使用して給水支援を開始。続々と住民が集まるなか、兵庫教区隊の隊員は、一人ひとりにあいさつをしながら給水タンクなどに飲料水を注ぎ、住民の車まで運んだ。
今北知行・兵庫教区隊副隊長(57歳・神栄分教会長・神戸市)は、29年前の「阪神・淡路大震災」で被災。教会が全壊し、心を倒しそうになるなか、災救隊をはじめ多くの教友に支えられた経験から、その恩返しの思いで今回の出動に臨んでいる。今北副隊長は「被災者が少しでも前向きな心になれるよう、一人ひとりの心に寄り添う支援をしたい」と語った。
午後からは、群馬教区隊が合流し、給水車2台で給水支援を続けた。
都合3日間で、延べ40人の隊員が16.5トンの飲料水を提供した。
避難所での食事提供も
一方、珠洲市では本部隊と滋賀、岐阜の両教区隊が避難者の食事調理に従事。一般のボランティア団体などと情報を共有したうえで、現場を増やし、2カ所の避難所で計300食を提供した。
翌29日午前には、岐阜教区隊の隊員が、被災した教会へ赴き、地震で損壊し、開放状態になっていた玄関をブルーシートで覆った。
この後、午後1時から本部隊と滋賀、岐阜の両教区隊の隊員が、宿営地の和洋菓子店「メルヘン日進堂」の厨房で避難所へ届ける夕食を調理した。
メルヘン日進堂の代表取締役を務める石塚愛子さん(46歳・手取川分教会教人)は「年祭活動の旬に見せられた大節に、厳しくも深い親心を感じた。こうしたなか、店舗を“おたすけの拠点”として災救隊に利用してもらえることを有り難く思う。私自身もようぼくの一人として、被災された方々が少しでも喜びを感じられるよう、今できることに心を砕いていきたい」と語った。
期間中、延べ48人の隊員が3カ所の避難所で計560食を提供した。
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なお、輪島市では本部隊と福井教区隊の隊員延べ15人が、引き続き避難所の運営サポートに従事した。
また石川教区隊は、27日から29日にかけて第6次隊として延べ65人が出動。志賀町で被災した教会の復旧作業を行ったほか、支援物資の搬出などにも尽力した。
(1月30日記)
文=加見理一
写真=根津朝也
教会関係の被害状況
“1月27日現在”
天理教災害対策委員会(仲野芳行委員長)が把握している、令和6年能登半島地震による教会関係の被害状況は以下の通り。
■ 石川教区……神殿および教職舎の全壊14カ所、同半壊4カ所、同一部損壊8カ所
■ 新潟教区……神殿の全壊1カ所
■ 富山教区……神殿の半壊1カ所
計28カ所